母は、自分の父親のことを「コウヘイさん」と呼びます。
私にとっては祖父にあたるわけですが、私が産まれた数日後に亡くなっていて、直接会ったことはありません。
ところで、今日母と昼食を食べていた時、このインタビュー記事を思い出して、母に「二・二六事件」について訊きました。
お恥ずかしながら、わたくし、この事件のことを全然知りません。
おかげで、宮部さんの蒲生邸を読んでいてもちんぷんかんぷんだったという経緯を持つ女なのですが、このインタビューを読んで、知っておかなきゃいけない、という気になったのですよ。当たり前ですよ。あの話の凄さが全然分かってなかったってことじゃないですか。今さらすぎる後悔ですよ。
で、とりあえず母に、
「その頃お母さんって……」
と言ったら、
「さすがに産まれてない」
と強く否定されましてな。(簡単な数学の問題すぎる…)
「でもその時コウヘイさんがね、東京にいたのよ。仕事でね」
へー!
「戒厳令が敷かれて、辻辻に銃を持った人が立っててね」……
母はコウヘイさん専門の語り部だなあ、と思う瞬間でござった。
まるで自分が見てきたように話す。
闇の中から聞こえる検問の声だとか、しんしんと降っていた雪だとか、静まりきった街だとか、母が受け継いだイメージが私に届く。
これってすごいことだな、と思いました。
こうして受け継がれて、そのうちにどこかが形を変えていって、コウヘイさんはすごくかっこいい祖先になるかもしれないな、とか。
たとえば実際に会ったらね、いろいろ思うと思うんですよ。好きとか嫌いとか、絶対あると思うんですよ。人間なんだから。あそこはいいけど、ここは許せなかったとか。
でも受け継がれるたびに濾過されていって、やがてそういう個人的な感情は消されていって、角のとれた、イメージの固まりが残っていくのかな。
これから文章で二・二六事件について読んでも、たぶん私はそのうち忘れて、でもその時でもコウヘイさんから伝わったイメージだけは残るんだろうなあ。
――――――ところで、上記のインタビューは聞き手さんがすごいと思いました。
これまでで一番納得できるインタビューだった。
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ファイルを整理していたらごっそりメオトものが出てきたので、まとめて更新しましたー。
ここまでやると、もはや嫌がらせじゃないか?